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2016年1月 3日 (日)

南京・上海近現代史探訪

12月26日~30日まで、4泊5日の近現代史探訪に南京・上海に出かけ

ました。

三角屋根の船を模した侵華日軍南京大虐殺遇難同胞祈念館

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中国各地から見学に訪れる人々。

鋳象台には中国語と英文が刻まれている・・・

殺された息子が、生き埋めにされた夫が、帰ってくることはありません。

レイプされた妻は苦痛の中にいます。
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1937年12月13日、非人道的な虐殺が開始された。

非武装で無防備な民間人が逃げ惑う、唯一の希望は生き残ること。

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80代の愛する母に いそいで! 悪魔から逃げなくては!などと刻ま

れた鋳象がたくさん置かれている。

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私たちは、紀念館で副館長(左から4人目)と懇談する機会を得た。

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南京大虐殺について、日本語で下記のように記されていた。

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紀念館内は、豊富な写真・映像・資料が展示されていた。

足元の地下は、虐殺された中国民衆の墓地となっていて、折り重な

った骨が発掘されている。

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歴史の証人の足跡 銅板の道は、長さ40m、幅1.6m。南京大虐殺

の生存者222名の歴史証人の足跡を鋳造し、永遠の記憶をとどめる

ものとなっている。

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侵華日軍南京大虐殺遇難同胞祈念碑の前で記念写真

兵庫、名古屋、岐阜、東京③、埼玉からの参加者7名。

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眼下には虐殺現場の広場がひろがっている。その向こうには南京市の

ビルディング、アパート群が林立している。

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中国側の日本の侵略戦争や従軍慰安婦問題を認知する河野談話・

村山談話などについて写真が展示されていた。

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鄭和(ていわ)航海

鄭和(1371年 - 1434年)は、中国明代の武将。永楽帝に宦官として

仕えるも、軍功をあげて重用され、南海への七度の大航海の指揮を

委ねられた。この時代に世界に窓を開き交易をしていた。

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総統府

蒋介石は中華民国の政府主席になり南京に総統府を設立したが

1948年共産軍との内戦に破れ、台湾に逃れることとなった。

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孫文や蒋介石の執務室、会議室、中華民国の資料陳列館がある。

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12月1日にオープンしたばかりの南京利済巷慰安所陳列館

この日は休館日のため外からの見学となった。

壁には名乗り出た元「慰安婦」の人たちの顔写真が貼り出されていた。

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開館したばかりの南京利済巷慰安所旧跡陳列館

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館前には、日本兵にレイプされ、妊娠させられた「慰安婦」と、彼女に

寄り添って泣く2人の女性の銅像が置かれている。

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コーヒーショップで南京の大学生と交流

日本語を学ぶ謝宇辰(しゃうしん)、瀋暁非(しんぎょうひ)さん

日本はきれいで、日本人はやさしく、日本は大好き、と語ってくれた。

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中国の大学授業料は年5000元(1元=20円)と語り、日本の大学生は

ほとんどの人がアルバイトしているのがわからい?と語っていた。

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南京民間抗日戦争博物館で南京師範大学教授経盛鴻(けいせいこう)

氏のレクチャーを受けた後、記念に教授とツーショット。

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南京民間抗日戦争博物館は民間の博物館。経教授と共に前列左に

座る建設会社社長の呉先武(ごせんぶ)氏が建てたもの。

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2階部分の図書室や資料室

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南京城の城壁は、中国の近現代史、中華民国史、そして日本との

抗戦史を物語る。全長36キロメートルあったが、現在は21㎞と戦後

70年が経過するが、今だ復元されていない。

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中華門は日本の浅草のような雰囲気がある。

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受験に、健康に、安産に祈願に来る人は絶えないようだ。

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中山埠頭虐殺現場(長江河岸)の立つ碑

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この長江河岸は虐殺現場の一つだ。紅豚(海豚:イルカ)を見ることの

できる観賞地でもある。

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公園にもなっていて、中国政府の「公正」「法治」のスローガンの垂れ

幕が下がっていた。

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日本海軍特別陸戦隊司令部址

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魯迅公園にある魯迅墓の銅像

当時、虹口公園は射撃練習場だった。

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魯迅先生之墓

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魯迅記念館

1951年建立。新中国の初めての人物類の博物館。

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八字橋 中国軍と日本軍の三度にわたる激戦が行われた。

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上海四行倉庫抗戦紀念館

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四行倉庫内の戦闘がリアルに描かれている。

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倉庫の壁一面には無数の撃ち込まれた弾痕跡が残っている。

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宗慶齢故居

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宗慶齢と孫文は日本で結婚した時の写真。

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日本語で二人の結婚「誓約書」が展示されている。

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中国近代史とともに 波瀾の人生を歩んだ 宗靄齢、宗慶齢、宗美齢の

三姉妹。 長女は大財閥の御曹司・孔祥煕と、 次女は革命家の孫文と、

三女は軍司令官蒋介石と結婚。

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紹興公園

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日本人の梅屋庄吉象。梅屋は財政面で生涯孫文を支えた。

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